何も考えず、集中して物事ができるような段階まで自分を鍛えあげる。 そのことによって、本当に中身のある人間になれる |
他人と最初に接したとき、どれだけ融合できるか。 それによってその人間の器が決まる。 だが、融合できないからといって嘆く必要もない。 人間の器なんてのは伸縮自在だ。 金物じゃないんだからいくらでも大きくなることができる。 器の大きな人間になるには、修業しかない。 自身にどれだけ困難を強いることができるか。 これがすべてだ。 |
人より優れた技を使えるようになりたかったら、合気道に中毒しろ。 寝ても醒めても合気道。すべてを合気道に結びつけて考えろ。 それができなければ、結局、中途半端でおわってしまうぞ。 合気道修業に限らず、すべてのことにいえると思います。 |
なぜ、人間は壁を作ることが多いと思うか。 怖いからだ。 他人と交わることによって、自身の築き上げてきたものが壊されること。 あるいは、自身以上のものを見せられるのが怖いから、壁を作るのだ。 だが、こんなことは自分に自信がない人間のすることだ。 どんな人間とでも分け隔てなく付き合えるのは、自信の裏打ちがあればこそだ。 だからこそ人間は、日々、向上を心がけて研鑚に努めなければならないのだ。 |
人間とて同じだぞ。 そのときどきの姿が、完成であり、同時に発展途上なのだ。 ならば、何を恥ずかしがることがある。 "これが私という人間です"と堂々と宣言してやればいい。 それで相手が気に入らないというなら、別にクヨクヨする必要はない。 忘れてしまえ。 |
桜の花を考えてみろ。 つぼみ、七分咲き、満開、散り際。 好みは人によって違うだろ。 人に好かれる好かれないなど気にする必要はないのだ。 とにかく自分を磨いて、日々、完成に向かって研鑚する。 人間とは修養によっていくらでも変るものだぞ。 変われば、その器に応じた人たちが自然と寄ってくるものだ。 |
人の評判など気にせず、自分を磨くことに努めよ |
そんな暇があるならば、もっと自分を磨け。 他人の悪口を言うのは、自分を見失い、自信を失っている証拠だ。 自信を取り戻したければ、基本に帰って修行をしなさい。 |
危険を恐れていては、何ひとつとしてできやせんぞ。 もう、危険なんて言葉は忘れてしまっているが、やる気とやり遂げるという信念。 この二つさえ揃っていれば怖いものなどないのだよ。 |
周囲の連中なんか気にする必要はない。 決断したのは自分なのだから、意志を貫き通すだけ。 他人はとやかく言いたがるものだが、行うのは自分だ。 いいたい人間にはいわせておけばよい。 |
呼吸力で人生に勝つ―合気道の達人塩田剛三の健康と成功の極意 より 著者: 塩田泰久 |